どうも(・∀・)ノ
実は、千葉県立千葉工業高等学校・情報技術科在学時、3年生の夏休みに、おいら病気に罹って。原因は、喘息のコンプレッサー式ネブライザー(ガラス瓶で出来ていて、薬液を肺に噴霧する変なノズルのやつね?)を夏に使っていて、「無菌空バイエル」という薬液の瓶から少量ずつ取り出して、そのカタツムリのようなガラス瓶を口に咥えて吸うシステムね? 1980年代当時の最先端。当時の順天堂医院(御茶ノ水)で処方してもらったやつね?
当時の冷蔵庫は古くてええ加減で、冷蔵庫の中身を設定温度か故障かで、バイキンが入っちゃたのね? そこでおいらは、グッタリして、親父が気づいて、タクシーで、千葉市運営の急病センターに行ったのね?
そうしたら、対応していた看護師さんが、おいらの脈を診て、血圧(水銀柱式)を測ってみたら、脈拍&血圧ともメッチャ低下していて、血相を変えた看護師さんが親父と僕に「今から救急車呼びます! 場所は、千葉市椿森の国立千葉病院になります!」って言って、今度は親父が血相を変えて驚いて(笑)「なぬっ!?」って感じで。息子のピーンチ!!
知らぬ間に、おいらの意識は遠のいて……。
気が付いた時には、ベッドに横たわっていて、「ソリタT3号」って生理食塩水で出来た電解液に、いろいろ薬剤が加えられた黄色い点滴注射をしていて、まずおいらが驚いた! 「ここはどこだろう? 息苦しいのは何でだ? 目は覚めたけど、寝間着で……」ってなって、すぐには置かれている状況が理解出来なかった。
正気に戻った3日後、男性医師から、説明を受けたら「あなたは、マイコプラズマ肺炎と、重責性気管支肺炎です」って言われて……。「全治4週間です」って言われて……。「はぁ?」って思わず思ったね?(笑)「おれの夏休みがあああー!」って、心のなかで思ったね?
その後、1週間ぐらいして、隣の空きベッドに、看護師さんの手に依って、フダが取り付けられて「濱田 **(お名前) 循環器科 **(主治医のお名前)」って書いてあって、優しそうなその濱田さんなる80歳代ぐらいの老人男性と、その奥さんが現れて、何やら荷解きを始めた。
濱田さんは生粋の千葉市弁で、奥さんに「その辺におっぺしとけー!!」って怒鳴ったりしてて、最初は「おお、すげえ人が来た……」ってビクビクしてた。
でも、濱田さんは僕のベッドエリアのハンガーに掛けてあった千葉工業高校・情報技術科の制服(徽章にIEって書いてあるやつ)と、黒い学生用革カバンを見逃さなかった。
「なんだ、君は千葉工業高校か。電気電子とかかい?」
「情報技術科ですけど、そうですよ?」
「ちょっと、電気電子の教科書見せてくんねーか(笑)」
って言われて、僕はベッドから手を伸ばして、電子技術1(トランジスタやFETのところ)や電気基礎1(オーム社)の教科書を見せたんだ。
濱田さんの反応が、また面白くて。
「おお、トランジスタか。おれはトランジスタはサッパリ良く解らねえ(笑)」
僕もパジャマ姿で横になりながら、つられて、
「いやあ、僕には真空管が逆に苦手で、サッパリ分かりませんねえ(笑)」
よくよくお話を訊いて行くと、訥々として昔ばなしを話す濱田さんは、昔の逓信省通信課で技官として働いてた人。電信や電話、無線の技術をずっと支えてきたベテランなんだ。特に通信課ってところは、逓信省(後の郵政省や、総務省電気通信局につながる)の中でも、モールス信号の電信や戦前から始まったラジオ放送の技術面を、首都圏を中心に支えてきた電気通信の元祖プロフェッショナルだったのだー。
なんだか、パジャマ姿の高校生とおじいちゃんがベッドの上で真空管とトランジスタの話を笑い合うなんて、不思議でほっこりする時間だったよ。
ベッドに横たわる、元逓信省通信課技官「濱田さん」の嬉しそうな再現イラスト(grok.com)
教科書を見て、ホッとしたのかな?
濱田さんが、にこにこしながら僕に言うんだ。
「電気通信技術が、世代を越えて、何だか繋がった気がするわい(笑)」って。
そう言いながら教科書をそっと僕に返して、「ありがとうよ」って。
それからニコニコしたまま、自分のベッドに横になったんだー。
それから、数日が経った頃、僕のマイコプラズマ肺炎や、重責性気管支肺炎は、みるみる良くなって、点滴注射も外れた。僕は、生姜湯や温かいお茶を飲みながら、痰を吐いてはティッシュペーパーに取り、内服薬などの効果もあって、ようやく、肺の中の悪いものが全部出切ったある日の夜のこと……。
隣のベッドから、いきなり、うめき声が聞こえたんだー。
「ぐええええー!!」
これは大変だ、ということで、緊急性が高い! ということで、濱田さんのナースコールを使って、ナース・ステーションに呼び出しをかけて、医師1名、看護師数名がドタドタと濱田さんの元へ駆けつけて、パラマウントベッドのベッドごと、どこかへ送られて行ったんだー。
心臓発作か何かかな? よく解らないけどね。ぐええええー!! って言うんだから、余程苦しかったように思う。
それきり、濱田さんは、その場所には帰って来なかった。その先に、何があったのかも知らないまま。
天国へ昇るおじいちゃんになったのかな? 逓信省通信課技官の最期を看取った僕は……。
「そこの高校生! 黙って新しいベッドの入れ替えを手伝う! いいわね!!」
ガラガラと、他所から運ばれて来る、真新しいパラマウントベッドを、濱田さんがいた位置に押して運ぶのを手伝う羽目になって(笑)
今なら言える。「コラ看護師! おめえが責任もってやれよ! 病人を何だと思ってる!?」ってね? 今ならば、言い返すぐらいのことは出来るんだけどね(笑)人手不足だったのかな??
あれから、氷河期世代の先駆けの僕は、大阪市近郊の、兵庫県尼崎市(母親の故郷)に、親戚の伝手を頼って就職し、必ずしも、亡き濱田さんのような、国家を背負って立つようなエンジニアにはなれなかったけどね?
でも、濱田さんと、微笑ましい電気電子技術のやり取りとか、愉快なジェネレーションギャップだとか、そう言った話をしながらも、まさか、あれが、最後のナースコールになろうとは、夢にも思わずに……。
何だか、日本の電気通信技術のバトンを、病棟のベッドの上で手渡しで受け取ったみたいな……何だか夢でも見ていたような、とっても不思議な出来事でした。
ではでは(・∀・)ノ
パソコンのお医者さん 天国へ昇るおじいちゃん ネットウイングス 代表 田所憲雄 拝
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